Ageless Life 2018年03月30日

この体が続く限り、
数寄屋大工の技を伝承していきたい

升田志郎さん(67歳)

日本家屋の究極ともいえる数寄屋造り。そんな数寄屋造りの専門集団が、京都に構える中村外二工務店です。大工の神様といわれた先代・中村外二氏の技を継ぐのが、棟梁にして現代の名工といわれる升田志郎さん。日本が世界に誇る数寄屋建築を手がけ、木と真摯に向き合ってきた生涯について語っていただきました。

「材料は自然のものだから、それぞれ表情が違う」と升田さん

明治の職人から「基本」を受け継いだ最後の世代

日本伝統の貴重な建築技術を今日に伝える数寄屋大工の棟梁・升田志郎さん。当代一の名工と謳われた中村外二氏(1906~1997)の下で住み込みの見習い修業を始めたのは今から50年前、16歳の時。年季が明けて正式な「職人」と認められたのが21歳の時でした。

升田さん 当時はまだ明治生まれの職人さんたちが仕事をしていました。私は家庭の事情で高校へは進学していません。高校へ進学した3年間か、仕事へ進んだ3年間か。この3年間というのが明治の大工仕事の基本、技を習えるギリギリ最後の時期だったのかもしれません。(明治の大工さんはその後引退したので)そういう意味では運が良かったのかも……。木の表・裏、背と腹の違い、粘いのか水に強いのか、どんな割れ方をするのか……。焚き付けの薪割りをしている時でも「木をよく見て覚えなあかん」と徹底的に仕込まれました。

釘などを一切使わず木を結合させる数寄屋造りの「捻組み」

升田さんが棟梁を務める京都・中村外二工務店では、今も変わらずに5年の修業期間を設けています。

升田さん 必ず寮に入らなあかんし、10年やっても覚え切れる仕事ではないし、今の子には辛いでしょう。でも辛抱して一人前なってほしいと思います。この子はこういう子やからこういう風に育てようと、今の親方も私もちゃんと見ているわけやからね。先代(中村外二氏)と奥さんが私のことを見ていてくれたように……。まあ、それでも年季中に3回辞めようと思ったけど(笑)。私の場合、生まれて10カ月で実の父を亡くしていて、先代のことを父親のように感じていたから辛抱できたのかもしれませんが。

鉋(かんな)など、升田さん愛用の仕事道具

出来上がった数寄屋に語りかける「大事にしてもらえよ」と……

伊勢神宮内茶室やロックフェラー邸などを手がけた中村外二氏の仕事を右腕として数多く経験した升田さんは、「それが何よりも自分の財産」といいます。

升田さん 先代の中村外二親方の全盛期の時にこの店に弟子入りさせてもらい、色々な年齢に合った仕事、経験をさせてもらえてありがたかったですよ。出張仕事で忙しい時などは盆と正月しか京都に帰れないときもあったほどでした。現場ではいろいろないい仕事を覚えさせてもらいました。例えば何百万円もする七宝焼きの飾り引手を親方から「その開き戸に付けてくれ」と渡される。失敗したら終わりやけど、先代がどんどん高いものばかり扱わせてくれたから。今の若い子にもそういういい仕事のやり方を教えていかなあかんのですが、この頃は昔のような「贅沢」な仕事が少なくなってきて……。残念ですけど、その中でも何とか伝えていかんとね。

改めて数寄屋大工という仕事の魅力をうかがいました。

升田さん 出来上がった時に感じる、「ああ、成し遂げたな」という達成感ですかね。木は自然のものだから同じ材料でも表情が一つ一つ違う。その魅力をどうやって引き出すか。毎回、段取りと工夫の連続やね。だからお茶室でも邸宅でも仕事が終わったら必ず最後に語りかけるんです、「大事にしてもらえよ」ってね。

60歳を過ぎた今でも現場で若手と一緒に木を削ることも

年齢にかかわらず仕事をさせてもらえる「ありがたさ」

今も升田さんは毎日のように「明日はこうしよう、今度はああしよう」と、寝床に入ってからも仕事のことを考えているそうです。

升田さん もう定年退職してもいい年なのに、仕事から離れられへん。仕事が大好きやからね、離れたらボケてしまうかも(笑)。ただ、若い子と同じような体力を使う仕事はもうできません。削りものはやるけれども、ほとんど墨差し、差し金や墨壷で部材に線を引いて「これ刻んで」って渡すだけ。でも、私と同じ年くらいの人は仕事を辞めて隠居しているから、今も仕事をやらせてもらっている自分は恵まれていると思います。親方がいつもいうてくれはるんですよ、「年だからって、休んでたらあかんぞ」ってね。ありがたいことです。いつかもうあかんとなって、自分から身を引く時は来るやろけどね。

胃を患ったことはあるものの、病気で仕事を休んだことはないという升田さん。食事は好き嫌いなく何でも食べるそうです。子どものころに食べるもので苦労した経験から、食べられるものなら人が嫌がるようなものでもありがたく思えるといいます。

升田さん 実は料理が趣味なんですよ。買い物も嫁さんとよく行くし、冷蔵庫には常に鶏ガラがどっさり入っている。カレーなんか当たり前で、ロールキャベツやらシチューやら、しょっちゅう作っています。孫に評判がいいのはチャーシューやね。豚バラをタコ糸でバーッと巻いて、しょうゆとニンニクと赤ワイン入れて、炊いて…。「おいしい、おいしい」って食べてくれると気分いいですよ。ラーメンのスープも作れるから、大工辞めてラーメン屋やったらもうかるちゃうんかな(笑)。

楽しいおしゃべりの中でも、升田さんが繰り返したのは「数寄屋大工の技を若い人たちに伝承していきたい」という熱い思いでした。「体が続く限り…、それが私の最後の務めです」そう語った名工の眼差しには、何よりも雄弁な輝きがありました。

「自分自身がまだ仕事ができてると思うから、それを伝承していかんと具合悪い」と升田さんは語る

升田志郎 プロフィール

1951年、京都府生まれ。1967年、中学卒業後に「大工の神様」といわれた中村外二氏に弟子入り、25歳の時に棟梁となる。その後、京都迎賓館主賓室座敷、伊勢神宮茶室など数々の建築を手がける。2014年、厚生労働省から「現代の名工」に選ばれる。

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