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出 演 者

藤村忠寿(ふじむら・ただひさ)

65年5月29日、愛知県出身。90年にHTB入社、96年『水曜どうでしょう』を立ち上げ、チーフディレクターを務める。

嬉野雅道(うれしの・まさみち)

嬉野雅道(うれしの・まさみち)
59年7月7日、佐賀県出身。 95年にHTBの制作部へ。藤村忠寿と組みディレクター兼カメラマンとして『水曜どうでしょう』に参画。

本広克行(もとひろ・かつゆき)

本広克行(もとひろ・かつゆき)
65年7月13日、香川県出身。テレビ番組ディレクターから映画監督になる。ヨーロッパ企画と映画【サマータイムマシン・ブルース】を創る。ネスレショートムービー【Regret】や、 映画「踊る大捜査線」シリーズにて監督を務める。

上田誠(うえだ・まこと)

上田誠(うえだ・まこと)
79年11月4日、京都府出身。劇団ヨーロッパ企画の代表であり、すべての本公演の脚本・演出を担当。

石田剛太(いしだ・ごうた)

石田剛太(いしだ・ごうた)
79年6月3日、愛媛県出身。99年、第2回公演よりヨーロッパ企画に参加。以降、ほぼ全本公演に出演。

番 組 概 要

テレビ、芝居、映画の分野で「ワクワク、はじまる。」を表現する出演者によるトーク番組です。トークは藤村忠寿・嬉野雅道×上田誠・石田剛太。藤村忠寿・嬉野雅道×本広克行の2部構成。今後楽しみにしている事、ワクワクするような計画などについてフリートークを行います。

【お知らせ】ご好評につき、実際に放送された映像を以下に特別公開いたします。是非ご覧くださいませ。

1.藤村忠寿・嬉野雅道×本広克行

2.藤村忠寿・嬉野雅道×本広克行

1.藤村忠寿・嬉野雅道×上田誠・石田剛太

2.藤村忠寿・嬉野雅道×上田誠・石田剛太

カフェ ネスカフェプレゼンツ 水曜どうでしょうディレクタートークショー

番組に先がけて、10/3に行われた「HTBイチオシ!まつり」会場での藤村D&嬉野Dのトークショーを行いました。その時の様子をぜひご覧ください!

プレゼントキャンペーン

番組放送を記念しキャンペーン実施!全員のサインが入ったバリスタを1名様へプレゼント!

嬉野雅道の『ここだけの話』

嬉野ディレクターが番組内でのトークにあたっての想いや裏話などここだけの話を綴ります。

第1回

「たとえばどうだ」と、誰かがアイデアを出せば「そうだ!」と、誰かが乗り気になる。
「だとしたらもっとこうすれば」と、誰かがそのアイデアを補足する。
「それならオレが金を出す」「オレも出す」「なら、うちの倉庫を使ってくれ」と、誰かが具体的に場所や物を提供すると言い始める。

こうして、さっきまでたんなる思いつきにすぎなかったアイデアがその場で次々に形になっていく。まるで魔法のように。

その熱気は、国民国家が生まれようとするその時代にみなぎり始めていた機運だったのだろうけど、その機運を沸騰させ形にしていく時代のカマドたり得たのは間違いなくコーヒーハウスと一杯の珈琲がもたらす場の力だったと思います。

それはね。私のような珈琲好きには誇らしい事実でありますよ。
行きつけの喫茶店のオヤジにだって教えてあげたくなりますよね。

とにかくコーヒーハウスへ行けば、知りたい情報が集まっている。そのホットな情報を求めてさらに人が集まる。連日、朝から人が集まっているという状況が、既に祭りのようで異常だから、それを見たさにさらに物見遊山でコーヒーハウスに出かける人も現れる。

17世紀。それは今と比べて圧倒的に娯楽の少ない時代だったろうから、他人が闘わせる議論だって耳を傾けてるうちに面白く聞いてしまったでしょうね。

「確かにそうだ、王政の郵便制度もあるにはあるが当てにはならない、その通りだ。
実際、相手に確実に届くという保証もなければ、時間もかかる。だったら今やロンドンに6千軒を数えるコーヒーハウスを拠点に自分らで郵便を始めれば好い。たしかに自分らが必ず行く、行きつけのコーヒーハウスがあるわけだから」

こうして当時ロンドンに8千軒を数えたコーヒーハウスに郵便ポストが設けられ、そこで集められた郵便物はコーヒーハウスからコーヒーハウスへと運ばれ届けられ、各コーヒーハウスを拠点にロンドン中のコーヒーハウスが編みの目のように線でつながっていく。つまりネットワークですね。利用する者たちは自分がどこのコーヒーハウスに常時出入りしているかを明らかにすれば良かった。

入れ替わり立ち替わり人の訪れるコーヒーハウスには、訪れる人と共に新しい情報が入ってくる。だったら新聞が作れるじゃないか。こうしてみんなが知りたがっている情報を満載した新聞もコーヒーハウスから立ち上げられ、ロンドン中のコーヒーハウスに新聞が置かれ始める。

当時、荷を満載のまま船が難破するリスクを抱えていた資本家たちには保険は魅力だった。それなら保険もコーヒーハウスでやろう。株の売買をやりたい。おれもやりたい。おれもおれも。だったら株式取り引き所もコーヒーハウスでやろう。

こうして私たちの生きている現代社会で聞きなれているお馴染みのシステムのほとんどが、当時のコーヒーハウスから生まれていったそうなのです。驚きです。でも、当時を思うとすごく楽しそう。

思えばね。いつの時代もこの社会には人間がいるだけです。その人間たちでこの地球という星で人類はこれからも繁栄していく。それが何万年経とうと変わらない人類の目的だと思います。どんな未来へ向かえば好いのか。それはきっと誰かと話すうちに見えてくる。
そんな人と人とをつなぐ場を、あれから360年経った今も珈琲がとりもってくれるかもしれない。

そんな思いで、まずは京都の劇団「ヨーロッパ企画」の作家であり演出家である、古いつきあいの上田誠くんと、よもやま話をしようと思うのであります。

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