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マギー おいしさのヒミツ

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マギーのこだわり

STORY1 製粉業者から食品の専門家へ、そして――

今でこそ世界中の誰もが知っているマギー
驚くことにこのマギーブランドは一人のスイス人の創造力の結果生み出されたものです。30年以上も自分の会社のために献身的に働き、そして多大な影響を残していった人――ジュリアス・マイケル・ヨハネス・マギー。ここでは、マギーの創設者である彼がいったいどのような人であったのかを見ていきましょう。

はじまりはケンプタールから

ジュリアスは1846年にスイスの中央部トゥルガル州のフラウェンフェルトに生まれました。

父から受け継いだ活動的な気質、そして母から受け継いだ思慮深い性格を持った彼が15歳のときに、彼の父はスイスのチューリッヒ郊外のケンプタールに製粉所を購入し、経営を始めました。

スイス地図|マギーのはじまりはケンプタールからジュリアスは2年の間、ハンガリーにあるスイス人所有の工場で製粉について学びました。

そして国に帰る頃には有能で創造力あふれる若者に成長。帰国後に彼は製粉業者としての資格を得た後、父の製粉所を継ぎました。ジュリアス23歳の時のことです。

彼は工場検査官でもあった医師シューラーと共に食品の研究を重ねました。そして粉末状の豆類のスープを作り出すことに成功したのです。その結果、1885年にはマギーによりスープ製品の製造が開始されました。

マギーの発展と共に

マギー ブイヨン スープの種類を増やしたり、今日でも知られているブイヨンを生み出したりしながら、マギーは発展していきました。今世紀初めまでには、ドイツ、オーストリア、フランス、イギリス、イタリアにまで進出していったのです。

彼は父の仕事を継いでから、マギーの株式会社化、海外進出と発展しつづける中、常に第一線で精力的に仕事をおこない、会社の発展に尽力しました。

厳しさと思いやりの人

ジュリアスは仕事には大変厳しい人でした。しかし、その一方で彼は非常に労働者の福利厚生、健康について先進的な人でもありました。労働者たちのために社宅を建てたり、健康保険プログラムを発足させたり、お昼に短い休憩を入れたり……。さらには、土曜日の午後は休みになるという当時では非常に珍しいことも行なっていました。また、健康であることを第一に考え、スポーツを楽しむこともあったようです。 マギーコレクション

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